恋すてふ　我名はまだき　立ちにけり

• 人しれずこそ　思ひ初めしか
• みだれてけさは　物をこそ思へ
• なをあまりある　昔なりけり
• 人めもくさも　かれぬとおもへば
• 三笠の山に　いでし月かも

ちぎりきな　かたみに袖を　しぼりつゝ

• 末の松山　なみこさじとは
• けふをかぎりの　命ともがな
• 龍田の川の　にしきなりけり
• 乙女のすがた　しばしとゞめん
• わが身よにふる　ながめせしまに

あひ見ての　後の心に　くらぶれば

• むかしは物を　思はざりけり
• あはれことしの　秋もいぬめり
• みだれてけさは　物をこそ思へ
• こひぞつもりて　淵となりぬる
• ながながし夜を　ひとりかもねん

あふことの　たえてしなくは　中々に

• 人をも身をも　うらみざらまし
• さしもしらじな　もゆる思ひを
• かひなくたゝむ　名こそ惜しけれ
• ふじのたかねに　雪はふりつゝ
• ふじのたかねに　雪はふりつゝ

哀れとも　いふべき人は　おもほえで

• みのいたづらに　なりぬべき哉
• 名こそながれて　なをきこえけれ
• うきにたへぬは　なみだなりけり
• 衣ほすてふ　天の香具山
• からくれなゐに　水くゞるとは

由良のとを　渡る舟人　かぢをたえ

• 行へもしらぬ　恋のみちかな
• よをおもふゆへに　物思ふ身は
• あらはれわたる　瀬々の網代木
• 三笠の山に　いでし月かも
• わが身よにふる　ながめせしまに

やへむぐら　しげれる宿の　さびしきに

• 人こそ見えね　あきは来にけり
• みそぎぞ夏の　しるしなりける
• いかに久しき　ものとかはしる
• 暁ばかり　うきものはなし
• 声きく時ぞ　秋は悲しき

風をいたみ　岩うつ波の　をのれのみ

• くだけてものを　おもふころかな
• わがたつそまに　すみぞめの袖
• 名こそながれて　なをきこえけれ
• わが衣手に　雪はふりつゝ
• 人こそ見えね　あきは来にけり

みかきもり　衛士のたく火の　夜はもえ

• 昼は消えつゝ　物をこそおもへ
• 幾夜ね覚ぬ　すまの関守
• よにあふさかの　関はゆるさじ
• みのいたづらに　なりぬべき哉
• よしのの里に　ふれるしら雪

君がため　おしからざりし　命さへ

• ながくもがなと　おもひぬる哉
• 故郷さむく　ころもうつなり
• よにあふさかの　関はゆるさじ
• 白きを見れば　夜ぞふけにける
• 人をも身をも　うらみざらまし