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Worksheetsオランダ・イギリス・フランスの台頭
Total questions: 14
Worksheet time: 7mins
北部のオランダ(ネーデルラント連邦共和国)は、独立後も首都( )を中心に造船・貿易・金融でヨーロッパをリードした。
マンチェスター
ニューヨーク
ケープ
オランダは東インド会社を中心に、カリブ海・アフリカ南部の( )植民地・アジアなどに進出した。
ケープ
ケベック
アンボイナ
カイロ
アジアではポルトガルの海上交易網を破壊し、( )事件でイギリスを東南アジアから駆逐
アンボイナ
ドレフュス
アロー号
ブーランジェ
オランダは、イギリスを東南アジアから駆逐して、ジャワ島の( )を拠点に香辛料交易を独占した。
バタヴィア
アンボイナ
アムステルダム
カリカット
オランダは、北米大陸にも進出して、( ⑤ )を中心とする植民地を建設した。
ニューアムステルダム
ニューヨーク
ニューカレドニア
ニューイングランド
ウィレム3世はイギリスの( )によって同国国王となった。
名誉革命
ピューリタン革命
フランス革命
アメリカ独立革命
エリザベス1世死去後のイギリスは、スコットランドからジェームズ1世を迎え、両国は同君連合を形成して( )を開いた。
ステュアート朝
ブルボン朝
ハノーヴァー朝
プランタジネット朝
チャールズ1世は、( )を奉じて絶対君主として統治したため、議会と対立した。
王権神授説
権利の章典
立憲君主制
共和制
議会は( )を発して国王権力の縮小を要求したが、チャールズ1世が強硬手段によって議会をおさえ込もうとしたため、42年に内戦が始まり、革命に発展した。
権利の請願
権利の章典
ナントの王令
王権神授説
議会派は、( )の指導のもとで王党派に勝利し、1649年に国王を処刑して共和制を開始した
クロムウェル
ロベスピエール
ミラボー
ラ=ファイエット
重商主義にもとづいてオランダの経済的覇権に対抗するため( )が制定された結果、3次にわたるイギリス=オランダ(英蘭)戦争がおきた。
航海法
審査法
穀物法
大陸封鎖令
( )は『統治二論』を著し、社会契約説をとなえて、専制におちいった権力に対する人民の抵抗権を正当化した。
ロック
ルソー
モンテスキュー
ホッブズ
ルイ14世が幼少で即位すると、国政を率いたマザランの中央集権化に対して、1648年に貴族らが( )をおこした。
フロンドの乱
シパーヒーの乱
バブーフの反乱
ルイ14世は経済面では、( )を登用して積極的な重商主義政策を展開し、オランダに対抗した。
コルベール
リシュリュー
マザラン
メッテルニヒ
