Font size
Worksheets歴史総合一問一答⑫(ウィーン体制後のヨーロッパ)
Total questions: 14
Worksheet time: 23mins
1848年革命でウィーン体制が崩壊し,ヨーロッパの大転換点となったことを,諸国民の何というか。
冬
秋
夏
春
19世紀前半,ギリシアやベルギーが独立を果たす原動力になった国民主義・民族主義などの高揚をまとめて何というか。
(a)
19世紀半ばから,「パクス=ブリタニカ」と呼ばれた,イギリスの繁栄の絶頂期に君臨した女王はだれか。
エリザベス1世
エリザベス2世
アン女王
ヴィクトリア女王
フランスで二月革命以降の第二共和政下,大統領のルイ=ナポレオンがクーデタで政権をにぎり国民投票で皇帝として即位したが,皇帝の名前は何か。
(a)
衰退したオスマン帝国の領域をめぐる紛争は,ヨーロッパでは何とよばれたか。
(a)
歴史的に不凍港を求めてロシアが進めてきた政策を何というか。
(a)
ギリシア正教徒の保護を口実に,ロシアが1853年におこしたが,イギリス・フランスが支援するオスマン帝国に敗れた戦争を何というか。
ロシア=トルコ戦争
ギリシア独立戦争
クリミア戦争
エジプト=トルコ戦争
ロシアのアレクサンドル2世が発布した,1861年に彼らの人格的自由を認めた法令は何か。
(a)
マッツィーニがイタリアの独立と統一をめざして結成し,ガリバルディが所属した組織を何というか。
カルボナリ
青年イタリア
デカブリスト
千人隊
両シチリア王国を制圧することに成功した義勇兵の指導者は誰か。
(a)
1861年,サルデーニャ王国を中心に統一された国家は何か。
(a)
「鉄血政策」を唱え,武力によるドイツ統一を推進したユンカー出身のプロイセン首相は誰か。
(a)
1866年,ビスマルクが武力を用いてたたかった相手国はどこか。
(a)
フランス第二帝政崩壊のきっかけとなった,ナポレオン3世がスダンで捕虜となったのはどれか。
クリミア戦争
プロイセン = フランス戦争(普仏戦争)
インドシナ出兵
アロー戦争
