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Worksheets歴史総合一問一答➉(ナポレオン・ウィーン体制)
Total questions: 16
Worksheet time: 22mins
人権宣言発布後,フランスと周辺国が戦争状態となった原因について、最も適切なものはどれか。
周辺国がフランス国内の資源を必要としたから。
周辺国が、フランスでの思想や革命の影響が自国に広がることを恐れたから。
革命の影響によって,信仰の自由が認められたから。
1804年に皇帝に即位し,フランスが帝政(第一帝政)に移行することになった人物は誰か。
(a)
1804年に制定されたフランス革命で提示された法の下の平等や私有財産の不可侵などをもりこんだものは何か。
(a)
ナポレオンは,1804年に国民投票で支持を得て皇帝に即位した。皇帝即位以後の政治体制を何というか。
(a)
1805年,イギリス海軍のネルソン提督がフランス海軍を破った海戦を何というか。
トラファルガーの海戦
アルマダ海戦
プレヴェザの海戦
レパントの海戦
1815年,ナポレオンが大敗し,南大西洋に流される契機となった戦いを何というか。
アウステルリッツの戦い
ライプツィヒの戦い
プラッシーの戦い
ワーテルローの戦い
ラテンアメリカの住人には,先住民(インディオ)やメスティーソ, ムラートやクリオーリョがいた。クリオーリョに該当するものはどれか。
植民地生まれの白人
植民地生まれの黒人
先住民と白人の混血
19世紀初めに世界初の黒人共和国として,フランスから独立した国は何か。
(a)
ウィーン会議の議長として,各国の利害関係を調整した人物はだれか。
タレーラン
ビスマルク
メッテルニヒ
カニング
ウィーン会議で,オーストリアのメッテルニヒやフランスのタレーラン外相らが主張した考えを何というか。
民族主義
正統主義
国民主義
自由主義
フランス革命とナポレオンによる戦争後のヨーロッパにおける国際秩序を何というか。
(a)
ウィーン体制を支えた四国同盟に1818年に加わった国はどこか。
オーストリア
プロイセン
イギリス
フランス
ウィーン体制下の復古主義・保守主義を倒したのは何という勢力か。
社会主義
ナショナリズム
ロマン主義
正統主義
「諸国民の春」と呼ばれる各国で革命がおこった年はいつか。
(a)
1848年の三月革命でメッテルニヒが失脚した。正か誤か。
正しい
誤り
ウィーン会議後にヨーロッパで起きた出来事について,正しい順番のものはどれか。
ブルボン家の復活 → 七月革命 → 二月革命 → 三月革命
二月革命 → 三月革命 → ブルボン家の復活 → 七月革命
三月革命 → 七月革命 → 二月革命 → ブルボン家の復活
