Worksheets歴史総合一問一答⑲(列強の世界分割と日露戦争)
Total questions: 27
Worksheet time: 38mins
1884〜85年のベルリン会議は何の分割の原則を話し合うために開かれたか。
(a)
19世紀末の列強によるアフリカ分割で,多くの国が植民地となったが,独立国として残ったのは、リベリアとどこか。
(a)
フランスが行った帝国主義的政策はどれか。
アフリカ縦断政策
アフリカ横断政策
3C政策
3B政策
アフリカ分割競争のなかでイギリスとフランスが衝突したできごとを何というか。
モロッコ事件
アドワの戦い
ファショダ事件
南アフリカ戦争(ブール戦争)
帝国主義の時代,欧米列強は自分たちを世界のどういう国と位置付けて,野蛮と見なした非キリスト教・白人のアフリカやアジアなどに対して世界の植民地分割政策を進めたか。
(a)
ロシアの関心をヨーロッパから逸らし中国進出の足場を得ることを目的として三国干渉を行った国はどこか。
イタリア
ロシア
ドイツ
フランス
ドイツで1888年に即位した後に「世界政策」掲げて軍備を増強したのは誰か。
(a)
日清戦争の結果と東アジアの国際関係の変化について考えるためには,どのようなことに注目するとよいか。
日本が清と対等の条約を結んだ
朝鮮が清と対等の大韓帝国となった
日本が琉球処分を断行した
ロシアの東アジアにおける南下政策の中心として推進された一大事業は何の建設か。
(a)
日清戦争後,イギリスが租借権を獲得したのはどこか。
広州湾
九竜半島北部
膠州湾(山東半島)
旅順・大連(遼東半島南部)
日清戦争後の列強の中国進出により,ロシアの勢力下に置かれたのは中国東北部のどこか。
(a)
日清戦争後に清では康有為らによる国内改革がめざされたが,反対派の活動により失敗した出来事は何か。
(a)
清ではキリスト教の拡大に反発を強めるある団体が外国人の襲撃を行い,清政府もこれを認めて列強との戦いを支持した。その団体は何か。
(a)
義和団戦争〔北清事変〕を起こした義和団のスローガンはどれか。
中体西用
扶清滅洋
滅満興漢
尊王攘夷
北清事変後に結ばれた条約を何というか。
日朝修好条規
日露和親条約
天津条約
北京議定書(辛丑和約)
日本はロシアの極東進出を警戒するどの国と1902年に同盟協約を結び,国際的地位を高めたか。
(a)
米西戦争に勝利したアメリカが獲得したのはどこか。
マーシャル諸島
ニューカレドニア
トンガ諸島
フィリピン
アメリカの国務長官ジョン = ヘイが列強の中国分割に対して提唱したのはどれか。
門戸解放
棍棒外交
モンロー主義
宣教師外交
カリブ海での「棍棒外交」や帝国主義的政策を推進して日露戦争の講和会議を仲介したアメリカの大統領はだれか。
フランクリン=ローズヴェルト
ウィルソン
セオドア=ローズヴェルト
マッキンリー
タフト
ロシアの中国進出を警戒するイギリスやアメリカなどの支援を受けた日本が勝利した満洲・韓国をめぐる戦争は何というか。
(a)
日露戦争で国力の限界に達していた日本はアメリカ大統領の仲介により,1905年を結んだ条約名は何か。
(a)
1905年のポーツマス条約では,1895年の日清講和条約(下関条約)と比べてどのような点に特徴があるか。
同様に賠償金は得られなかったこと
異なり賠償金は得られなかったこと
同様に領土の割譲は行われなかったこと
日露戦争と前後して韓国への影響力を拡大した日本は,1910年に何を断行したか。
韓国の保護国化
韓国の植民地化
韓国の清からの独立
1912年に清が滅亡して中華民国が建国されたききっかけとなった1911年に起きた出来事は何か。
(a)
三国同盟を結んだ国の組合せとして正しいのはどれか。
イギリス・フランス・イタリア
イギリス・フランス・ロシア
ドイツ・オーストリア・イタリア
ドイツ・オーストリア・ロシア
日清・日露・第1次世界大戦は何年ごとに発生したか。
20年ごと
10年ごと
5年ごと
2年ごと
日露戦争後の1914年にバルカン半島で発生した第1次世界大戦のきっかけとなった事件は何か。
(a)
