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沖縄と甲子園

沖縄と甲子園

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栗原彰理 栗原彰理

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15 Slides • 3 Questions

1

沖縄 文化とスポーツ

2

Multiple Choice

沖縄発祥のスポーツで2020年東京オリンピックから正式に採用された

スポーツは何か?

1

サーフィン

2

空手

3

スポーツクライミング

3

正解は空手

空手は沖縄発祥 

空手の起源は中国拳法であり、琉球王国時代に独自の武術として変化し、護身術として世界に広がった

4

沖縄の文化は多様である

東アジア・日本・アメリカの文化が混ざっている

多様な文化の理由には複雑な歴史がある

5

Multiple Choice

Question image

沖縄県の歴史について問題です。

沖縄県は現在に至る前に、琉球王国・アメリカ統治・日本の

主に3つの歴史が存在しますが、それぞれの時代は何年ほどあったか?

正しい組み合わせを選択してください

1

日本約150年

アメリカ約30年

琉球王国約450年

2

日本約450年

アメリカ約15年

琉球王国約150年

3

日本約30年

 

アメリカ約5年

琉球王国約200年

6

沖縄県としての歴史は150年

アメリカからの本土復帰は約50年ほど

日本としての歴史は浅く、沖縄の文化の多くが東アジア諸国から影響されている者や、琉球王国時代に生まれた、独自の文化が多々あります。また、また本土復帰や複雑な歴史から、沖縄県民は互いに助け合う力をものすごく大切にしているといわれています

7

media

沖縄と野球

8

沖縄県における野球の起源

京都への修学旅行

修学旅行先で、野球に出会ったのがきっかけ。帰宅後、野球は沖縄の高校生の間で広がっていった。

9

なぜ野球が文化になったのか?

10

1958年の甲子園がきっかけ

アメリカ統治下でありながら、参加が認められた

本土への試合参加は県民にとって、喜びであり、希望になりました

11

Fill in the Blank

Question image

甲子園出場が決まった沖縄代表。

しかし、問題が起きてしまいます。

当時アメリカの統治下である沖縄県。

沖縄から日本本土に行くためにはあるものが必要になり、

用意しなければなりませんでした。

あるものとは一体何でしょう?

12

初出場の結果は…

残念ながら1回戦負け

しかし、当時の県民にとっては本土の試合に参加する=本土復帰の期待が膨らむことでもありました…そんな中、那覇空港である出来事が起こり、県民に大きなショックを与えました…

13

甲子園の砂を港に捨てられた…

当時は沖縄県は外国扱い

検疫の関係上、砂は捨てられてしまった。→このニュースは衝撃を大きく与えるものであり、本土復帰を願う運動が激化されました

14

1972年 沖縄県念願叶い 本土復帰

本土復帰1年目、沖縄県再び甲子園出場

本土復帰の年に沖縄県は甲子園に再び出場を果たしました。その後、着々と力をつけベスト8、ベスト4、準優勝と力をつけていきました。

15

力はつけたが優勝ができない…

本土復帰後に大きな遅れを感じる

本土復帰後、歓喜に満ちていたが、次第に本土との遅れを感じる…インフラの整備や人材の育成など。これは、高校野球にも通じるところがあり、復帰しても、本土に追いつけない、もどかしさを高校野球にも感じていた。

16

「大臣が先か、甲子園優勝が先か」

​様々な面で県外と「肩を並べたい」という思いがあった沖縄

念願叶い、2008年に沖縄尚学が春の選抜優勝・2010年に興南高校が夏の甲子園を優勝した。沖縄県民は「甲子園の優勝旗が沖縄にわたり、ようやく戦争が終わり、本土に復帰することができた」と発言

17

暗い歴史があったとしても、沖縄県人であってもなんとかできることを証明してくれた

沖縄の歴史と成長

沖縄県が甲子園で優勝することで、ようやく本土に追いついたと感じることができた…

本土復帰の象徴

スポーツは文化にもなる

沖縄 文化とスポーツ

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